インストラクショナルデザインの本で学べること、学べないこと
企業内でコース設計を担当する講師が、拠り所を求めてインストラクショナルデザインの本を手に取る場面があります。ただ、そこで学べる原則を、日々の案件にそのまま当てはめられるとは限らないのです。
本が扱う範囲と選ぶときの軸
体系立った設計の原則
インストラクショナルデザインの本の多くは、学習目標の設定から評価までを段階的に整理する設計の流れを扱っています。分析から評価までの工程を段階的に示す枠組みが、代表的な例として紹介されることが多いのです。あわせて、受講者が新しい知識をどう理解し、記憶に定着させるかという学習の基礎原則も解説されています。研修コースの構成を組み立てる際、何を、どの順序で、どこまで説明するかを判断する土台になるのは、こうした原則の部分です。
原則の理解と適用の判断は別物
本が扱えるのは一般化した原則
本に書かれる原則は、特定の企業や業務を想定して書かれてはいません。多くの読者に共通する形に一般化されているからこそ、業種や企業規模を問わず参考にできます。ただし、この一般化には代償があります。自社の受講者がどのような前提知識を持ち、どの業務に日々向き合っているかという文脈まで、本の中に答えが用意されているわけではないのです。原則と自社の状況の間には、埋めるべき距離が残ります。
当てはめの判断は読み手の仕事
同じ原則を使っても、受講者の前提知識が違えば、必要な情報量も説明の順序も変わります。配属直後の受講者と、経験を重ねた受講者とでは、省いてよい説明の範囲も、確かめ方も異なるからです。この当てはめの判断を、扱うテーマごとに一つずつ下していく作業こそ、本を読み終えた後に残る、コース設計の実質的な仕事だと言えます。原則を覚えることと、それを使いこなすことは、別の力なのです。
業務シーンを1つ選ぶと、AIが顧客役を務めてあなたと1回の会話を行います。終了後、評価フィードバックを確認できます。
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兼務のなかでの当てはめ判断の負担
講師業務との兼務
企業内講師は、ニーズ調査から設計、講義、実施後のフォローまでを一人で受け持つことも少なくありません。当てはめの判断にまとまった時間を割きたくても、通常業務と並行する中では、検討に充てられる時間はどうしても限られていきます。本を読み込む時間はあっても、その内容を自社の案件に落とし込む時間までは、確保しにくいのが実情です。
案件ごとに繰り返す判断
新入社員研修、製品知識研修、コンプライアンス研修のように、扱うテーマが変わるたびに、情報量や順序の当てはめを一から考え直すことになります。同じ本を参考にしていても、案件が変わるたびに同じ判断を繰り返す負担は残ります。
当てはめ判断の土台を借りられる設計へ
起点にできる既存の設計基準
新入社員研修やコンプライアンス研修のように、構成が比較的安定している領域では、すでに確立された設計判断の基準を出発点として使うことができます。学習科学や幅広い業界のコース開発の知見に基づく基準を土台にできれば、毎回ゼロから当てはめを積み上げる重複を減らせるのです。AIが資料の整理や構成の下書きを引き受けることで、この再利用は現実的な選択肢になってきました。
講師に残る確認の仕事
基準を土台に使えるようになっても、講師の判断が不要になるわけではありません。自社の業務内容と合っているか、想定した受講者に対して情報量が適切か、確かめる仕事は引き続き残ります。ただ、下書きに使っていた時間を、その確認と調整に充てられるようになるのです。
本で学んだ原則の使い方が変わる実務へ
当てはめ作業が確認作業へ
起点となる基準があると、講師が向き合う作業は、原則を一から当てはめる作業から、その当てはめが自社の受講者に合っているかを確かめる作業へと移ります。判断の単位が小さくなる分、前提知識に応じた調整もしやすくなります。本で学んだ原則を、毎回ゼロから解釈し直す必要が薄れていくのです。
新しいテーマへの対応のしやすさ
新しい研修テーマが加わるたびに、本を読み直して一から原則を当てはめていた負担は、既存の基準を出発点に確認と調整を重ねる作業へと変わります。ゼロから積み上げる部分が減る分、テーマが増えたときの負担も抑えやすくなると言えます。ただし、内容が実務と合っているかを確かめる工程まで省けるわけではありません。
重要なポイント
インストラクショナルデザインの本が教えてくれるのは、体系立った設計の原則までです。その原則を自社の受講者や業務にどう当てはめるかという判断は、本を閉じた後の実務の中で、読み手自身が積み重ねていくものだと言えます。原則を知っていることと、それを使いこなせることの間には、見過ごされがちな距離があるのです。
本を選ぶときは、理論に重点を置いているか、実務の手順に重点を置いているかを見極め、いまの研修シーンに合っているかを確かめることが判断の軸になります。原則を学んだ後は、案件ごとの当てはめをどう積み重ねていくか、その基準をどう用意するかにも目を向けたいところです。