「わかったつもり」は会社を蝕む ー生成AI時代に問われる、理解と成果のギャップ

「わかったつもり」が会社を蝕む ― 生成AI時代、社員の思考力はこうして失われる

 

2026年9月15日、ユームテクノロジージャパン株式会社はオンラインセミナー「わかったつもりは会社を蝕む」を開催しました。多くの方にご参加いただき、同社の西尾が生成AIの普及によって組織の中で静かに広がりつつある問題と、その向き合い方について、認知科学の知見や複数の研究データを交えながら講演しました。本コラムでは、その要点をお伝えします。

 

「資料は完璧なのに、本人がわかっていない」という違和感

講演の冒頭、西尾は参加者にひとつの問いを投げかけました。部下やメンバーが提出してきた資料が妙に整っていて、体裁も言葉遣いも申し分ない。ところが、その中身について一歩踏み込んで質問すると、なかなかいい答えが返ってこない ─そうした経験はないだろうか、というものです。

 

西尾自身、「原稿をAIに任せて、後でこれを話せるだろうと思っていたら、いざとなると身についていなかった」という経験があるといいます。資料の完成度と本人の理解度の間には、いま急速にギャップが広がっている。今日の講演はこのギャップがなぜ生まれ、何を引き起こし、どう向き合うのかという話だと位置づけられました。これは若手に限った話ではなく、年次や役職に関係なく、誰にでも起こり得る構造だと西尾は強調します。

 

なぜ「わかったつもり」が生まれるのか ─省略されているのは「経験」

生成AIによって仕事が速くなったこと自体に、もはや議論の余地はありません。ただし西尾は、速くなったのは「作業」だけではないと指摘します。

 

従来の仕事の流れは、情報を探し、整理し、仮説を立てて考え、判断して、ようやくアウトプットが出るというものでした。時間はかかりますが、その過程を通じて人は育ってきました。一方、生成AIを使った今の仕事の流れは、プロンプトを入れればその過程の多くを省略して、最後にアウトプットだけが出てきます。

 

定型業務であれば、この効率化はまったく正しい判断です。しかし西尾が注意を促すのは、「整理する」「仮説を立てる」「考える」「判断する」という真ん中の4つの工程が省略できるようになったということは、そこに費やされていた「時間」だけでなく「経験」までもが省略されているという点です。そして厄介なのは、アウトプット自体は完成しているため、その間で何が省略されたのかが外からはまったく見えないことです。

 

 

この現象には「認知のアウトソーシング」という名前がついています。頭の中でやっていた作業を外部に委託している状態のことで、問題は、楽をしていた部分こそが本来スキルの育つ場だったという点にあります。アウトプットを出すこと自体が目的ではなく、その過程が思考力を鍛える場でもあった、というのが西尾の整理です。

 

「わかったつもり」を生む三つの心理メカニズム

なぜ人は理解していないのに理解した気になってしまうのか。西尾はこれを、研究データを交えながら3つの心理メカニズムとして説明しました。

 

一つ目は「流暢性の錯覚」です。スラスラ読める、整った文章を見ると、脳はそれを理解したと誤認しやすくなります。ある実験では、見やすく演出された資料を読んだ人の実際の知識レベルを100とした場合、本人の自己評価は130〜140、つまり1.4倍近くにまで達したという結果が出ています。しかもこの錯覚は、対象への関心が低いほど強く出ることもわかっています。AIがきれいにまとめた報告書を読むと、上司も部下も「なんとなくよく理解できた」と感じてしまう。その理解の高さは、内容を本当に把握したからではなく、単に読みやすかっただけかもしれない──西尾はそう警鐘を鳴らします。

 

二つ目は「生成効果の喪失」です。半世紀近く確かめられてきたこの実験結果によれば、同じ内容でも、ただ読んだ場合と自分で生成した場合とでは、記憶への定着に1.4倍ほどの差が生まれます。AIに答えを出させるということは、この最も学習効果の高い「生成」という過程を丸ごと失うことを意味します。研修の場でも、講師が答えをきれいに説明するよりも、「あなたならどうしますか」と受講生自身に考えさせるほうが、理解の定着度は高くなります。意図的に自分で生成させる設計をしない限り、学びは残りにくいということです。

 

三つ目は、最も重たい問題である「メタ認知の低下」です。これは2025〜2026年に発表された比較的新しい研究で、約700名を対象にAIを利用してもらったところ、日常的なAI利用が増えるほど、自分が何を理解していて何を理解していないかがわからなくなるという負の相関が見つかったといいます。AIに頼れば頼るほど、自分で判断ができなくなっていく構造です。

 

 

AIを外した後に見える、決定的な差

この危機感を裏づけるデータとして、西尾はオックスフォードなどの研究チームによる、約1,300名を対象にした実験を紹介しました。参加者を、AIを使って問題を解く層と自力で解く層に分け、その後、予告なくAIを取り上げて、全員に同じ問題を自力で解いてもらうという設計です。

 

結果、AIを使っていたグループがAIを外された後の正答率は57%だったのに対し、最初からAIを使わずに解いていたグループは73%でした。さらに、問題を途中で諦めてスキップした割合は、AIを使っていたグループが20%と、自力で取り組んでいたグループの11%のおよそ2倍にのぼりました。AIを使っている最中のパフォーマンス自体はAI利用者のほうが高く、AIが役に立っていることは事実です。しかしAIがなくなった後にできる能力は、AIと一緒にいたときの成果とはまったく別物であり、より諦めやすくなるという傾向も、この研究結果には表れています。

 

西尾はここで、最も怖いのは「わからないということに気づけなくなること」だと述べました。理解のどこが欠落しているかが本人にも見えていないため、修正もやり直しもされない。周りも、完成した成果物を見ている限りは気づけない。これが静かに進行していくことこそが、この問題の難しさだといいます。

 

「完了率100%」の落とし穴と、作り手側の課題

視点を変えて、従来型の研修にも同じ構造があると西尾は指摘します。100人が同じ動画を見て、同じ資料に触れ、同じテストを受けて、全員が「完了」したとしても、完全に理解している人、なんとなくしか分かっていない人、途中でつまずいた人と、理解度は人によってまったく異なります。残るのは「完了率100%」という数字だけです。完了したからといって習得したとは限らないという問題は、AI以前からずっとあったものであり、成果物が良くても、その間の思考プロセスが伴っていたかを問わなければならない時代になったといえます。

 

さらに、作り手側、すなわち管理者側にも課題があると西尾は続けます。AIによって教材やコンテンツは簡単に作れるようになりました。動画もマニュアルも提案資料も、素早く作成できることは間違いなく良いことです。しかし人材育成やナレッジシェアの領域では、コンテンツの量が増えることと、社員のパフォーマンスが上がることを同義にしてしまうケースがあります。作れる量が増えたとしても、できるようになる人が増えるとは限らない、という点は改めて意識する必要があります。

 

 

使い方を変えるだけで、結果は変わる

ではどうすればよいのか。西尾が強調したのは、「AIは危険だから使うのをやめよう」という話ではないということです。結論として示されたのは、AIの使い方を「答えを出すだけ」から変えるだけで、結果は正反対にもなり得るという点でした。

 

AIとの向き合い方には大きく2つの型があります。ひとつは、AIに投げて返ってきた答えをそのまま受け取る使い方。もうひとつは、まず自分で考え、AIからヒントや別の視点をもらい、もう一度考えるというやり取りを何度か往復する使い方です。後者は時間がかかりますが、同じAIを使うにしても、人間側に残る経験はまったく変わってきます。

 

これを裏づけるデータとして、先述の研究では、AIに直接答えを求めていた層が61%、直接答えではなくヒントや説明を求めて自分で理解しようとした層が27%だったことも示されました。AIを外した後の結果には大きな差が生まれ、直接答えを求めていた層は成績や粘り強さの低下が顕著だった一方、ヒントを求めていた層は、そもそもAIを使わず自力で取り組んだ層と正答率がほぼ並んだといいます。

 

経営者や人事の立場からすると、社内でのAI利用は急速に広がっている段階にあります。直接答えをもらう使い方が主流であれば、短期的には生産性が上がったように見えても、数年かけて自力で考えられる人材が静かに減っていく可能性がある。しかもそれは、完了率や生産性といった指標には現れません。だからこそ、現場任せにするのではなく、組織としてAIの使い方をデザインするべきテーマだと西尾は位置づけました。

 

 

問いかけを仕組み化する新しいソリューション「UMU AGL」

こうした考え方を実装したのが、UMUが新たに提供する「UMU AGL(AI Generated-Guided Learning)」です。優れた上司やOJT担当者による「問いかけ」が人を育てることはわかっていても、その質を全社員に同じように届けるのは、属人性が高く現実的に難しいものでした。AGLは、この問いかける力をAIに実装することで、初めてスケールを可能にしたものだと西尾は説明します。

 

学習者にとってのメリットは、AIとの対話を通じて思考を深掘りし、知識が正しく身についているかを自分の言葉で確認・説明できるようになること。これは、講演を通じて語られてきた「わかったつもり」を防ぐという目的そのものです。学習ルートも一人ひとり異なります。理解が進んでいる人はスキップし、つまずきの多い人には丁寧に、すでに他所で習得済みの人には必要な部分だけを届けるというように、AIが個別に最適なルートを判断していきます。対話は音声や動画も対象とでき、顧客との実際の商談音声から懸念点を考えさせたり、AIロールプレイにつなげたりすることも可能です。

 

講師や研修担当者にとっては、既存の社内資料をアップロードするだけで、AIが学習設計とコース作成を支援してくれるため、従来数週間から数カ月かかっていた制作が、早ければ数時間程度で可能になります。重要なのは、AIがすべてを自動で決めてしまうわけではないという点です。AIが目的や受講者像、各ステップの内容を確認しながら叩き台を提案し、講師がその内容を判断し、対話をしながら完成させていく。丸投げでも、すべてを手作業で行うのでもない、この中間の関わり方こそが最も質の高いアウトプットにつながると西尾は述べました。認知負荷をどうコントロールするか、どういう順序で学ばせるかといった、本来は学習設計のプロが持つノウハウも、AGLの仕組みの中に組み込まれています。

 

そして提供して終わりではなく、測定と改善のサイクルも組み込まれています。完了率だけでなく、設問ごとの習熟度やつまずきやすいポイントがデータとして可視化され、そのデータをもとにコースそのものを継続的に改善していく。「前年度踏襲」ではなく、AIの力を借りてより早く、より質の高い改善を回し続けられることが、AGLの目指すところです。

 

 

質疑応答から

講演後の質疑応答では、実務に即した質問が寄せられました。

 

AIによる作業効率化で「思考を巡らせる研修」が敬遠されがちになる懸念に対しては、AIを使ったかどうかではなく、AIの出力を受けて「何を考えたか」を問いかける運用ルールを、まず管理職側が意識づけることの重要性が語られました。

 

また、AIで「わかったつもり」になっている部下に気づいてもらう方法としては、AIを使わない状態でのロールプレイやその場での即答を求める機会を意図的に作り、「答えられなかった」という経験を積ませることが第一歩だといいます。

 

AIリテラシーやクリティカルシンキングの育成については、「AIフルエンシー」と「AIリテラシー」を区別した上で、まずアウトプット式の研修やアセスメントを通じて組織としての現在地を可視化することがすすめられました。

 

まとめ:御社では、AIをどう使っていますか

講演の締めくくりとして西尾が投げかけたのは、「AIが答えを出す時代に、人間に求められる能力は何か」という問いです。何を知っているかはAIが担ってくれるようになった今、重要性を増すのは「どう考えるか」「どう行動するか」であり、問いを立て、情報を整理し、仮説を作り、情報を疑い、そして自分の言葉で判断・説明し、状況に応じて応用する力だといいます。

 

知識の価値がなくなるわけではないものの、その知識をもとに判断する力、考える力の重要性がより高まっていく、これは採用・評価・育成を含めた、今後10年間の人材戦略の前提になると西尾は語りました。

 

最後に西尾は、参加者一人ひとりに「御社では今、AIをどのように使っているか」を改めて考えてほしいと呼びかけました。答えを早く出すためだけに使っているのか、それとも社員が考える力をつける方向にも使おうとしているのか。その使い方の違いが、数年後の組織力・個人の能力に明確な差を生みます。AIを禁止するのでも、無制限に任せるのでもなく、どう使うかを組織として設計すること。その手段のひとつとして、今回紹介した「問いかける学習」に改めて目を向けてもらえればと、講演は締めくくられました。

 

 

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